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ずるやすみ
『山王祭(日枝神社例大祭)東京都千代田区』
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作成日時 : 2006/06/16 02:22
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10日山王祭(千代田区赤坂日枝神社例大祭)に行く。当初の予定では9日の神幸祭を観る予定だったが、予想以上の雨天だったため見学中止としてしまった。以前なら、興味ある祭は雨が降っていても平気で駆けつけたものだが、歳とともに天気のご機嫌次第でクルクル予定が変わる横着者になってきた(笑)。
山王祭は江戸期には何十台もの曳山や練物が巡行していたそうである。そして江戸城内で歴代の将軍様が上覧拝礼することから、神田祭とならんで江戸天下祭とよばれ、日本3大祭(他の2つは京都祇園祭、大阪天神祭)の一つとして盛大なものであったらしい。
現在でも神幸祭には当時の祭礼形式が部分的に継承されており、日枝神社から約8時間ほどかけておよそ500人で構成される御列が皇居坂下門で参賀をしつつ氏子町内をくまなく回る。氏子町内といってもその範囲はかなり広く、昔より「だだっ広いは山王様」と言われたほどで、赤坂、九段、麹町から銀座、日本橋、京橋あたりの全てが氏子町内となる。ちょうど皇居を中心に考えると西から南の外周地域のほとんどが氏子町内となる。日本の多くの祭礼が神社の氏子町内を基にして行われており、その広さも小一時間も歩けばすべての町内をくまなく歩けることを思うと、日枝神社の氏子町内がいかに広いかを知ることができる。
私がまだ日枝神社の存在も知らなかった若年の頃、当時の勤務先が赤坂近辺にあった。6月になると仕事で車を走らせる先々が一様に祭礼提灯を出し始め、その地域の広さから、何処の神社の祭礼かと素朴な疑問を持ったことがある。江戸期には町内構成も今より細分化されていたと聞くから、それぞれの町内から曳山やら練物を行列に参加させればかなりの台数になり、山王祭がいかに盛大だったかを氏子町内の広さからも想像することができる。
久しぶりに山王神社に参拝する。行きは正面の男坂を息を切らせながら登った。参拝後、外堀通りに下りようと道を探していたら、立派で長いエスカレーターが設置されているのを見つけちょっと驚いた。外堀通りは車でよく走っているので神社の大鳥井は良く目に入り知っていたが、その脇にエスカレーターが設置されているとは気が付かなかった。さすがというか、大鳥居から神社本殿までエスカレーターで連れて行ってくれる神社は私が知っている限り他所では知らない。
登りだけとはいえ多分日枝神社だけであろう。夜の神輿の宮入はエスカレーターですかね?などと馬鹿なことを想像し一人吹き出してしまう(笑)。神社の周りに掲げられている奉納提灯の名を見ても、奉納者は日本でも著名な法人企業ばかり。こんなことでも感心してしまう。さすが都心のど真ん中の神社だけのことはあるナ(笑)。
神社参拝の後、清水谷公園から出発する予定の山車・神輿の列を見学しようと赤坂見附の交差点近くに移動する。この行列は「糀町惣町睦会」と言い永田町、平河町、隼町、紀尾井町、麹町、九段の20町内で組織されている祭礼組織の合同統一行事であり、日が落ちた頃に日枝神社に宮入する。見附の東急ホテルの前あたりで待ち構えていると、交差点の向こうの坂上から高張り提灯の集団が近づいてくる。
その後ろからは町内神輿と共に底抜屋台のお囃子連が神田囃子を演奏しながら続いてくる。何台かの町内神輿に挟まれるように山車もやってくる。山車は「牛若丸」の乗った九段三丁目と「弁慶と牛若丸」が乗った九段4丁目、そして「東郷元帥」が乗った三番町会の三台である。それぞれに御囃子を演奏しながら通りすぎていく。目の前に近づいた御囃子は元気で威勢がいいのだが、遠ざかるに従いビル群の谷間にお囃子の音色が吸い込まれてしまうような気がする。通常なら見上げるほどの山車の高さも道路両側にそびえ立つビル群の大きさに、なにやら埋もれてしまうような気がしないでもない。東京のビル街を巡行するんですからしょうがないと言えばしょうがないんですがね〜。
赤信号では途中止まらなければならないし、車両が少ない土曜日とはいえ山車の脇を車がすり抜けていくのをみていると大都会の真っ只中の祭礼を感じざるをえない。それでも山車の曳き綱をとる子供達の顔は「ヨイショ!ヨイショ!」と楽しげである。神輿を担ぐ大人達も慣れないことに戸惑いつつも、和気あいあいの様子がそこかしこに見て取れる。役員の方であろうか、ハンドマイク片手に懸命に行列を整えている。確かに江戸・明治初期に行われていた江戸天下祭のかっての隆盛ぶりは見る影も無いものの、それでも社会情勢等の大変化の中で「山王祭」が形を変えながらも氏子の方達によって受け継がれて来たことに敬意を感じざるをえない行列であった。
日も落ちかかった頃より山車・神輿の宮入が始まる。神社の参道に集結した神輿は山車のお囃子をバックに威勢良く男坂を登っていく(当然エスカレーターは使っていませんよ(笑)。神社の木々の中で、灯りに照らし出されながら、右へ左へと揺れる神輿の鳳凰はやはりビルの谷間の鳳凰より断然美しくみえる。祭にはそれを取り囲むロケーションも重要なファクターになると勝手に思ったりしてしばらく見入っていた。
自宅への帰路、明治初期に東京から千葉県佐倉市に譲られた山車人形が展示されていると聞き日本橋高島屋に寄る。正面入り口を入ったところに「石橋(しゃっきょう)」と「玉ノ井龍神」が展示されており悠然と立っていた。現在は佐倉市で曳き回される山車に乗せらているが、江戸天下祭では日本橋近辺の街中を曳き回されていたという。山王祭に合わせての里帰りと言うことらしい。人形の表情の豊かさや立ち姿の存在感にみとれてしまった。
高島屋を後にして中央通りを銀座方向に歩いていった。路上の所々に設けられた祭の会所が明かりに照らし出されている。交差点の向こうに何基かの神輿が巡行しているのが見て取れた。かすかに聞こえるお囃子の音色と、街路灯に光る神輿の鳳凰の動きが印象的な夜であった。
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